石川!」
石川は、後から幸雄の肩を確《しっか》り押え、
「若旦那! 若旦那! 気を落付けなくちゃいけません」
と云った。
「静かにしなすったって分る話だ。――若旦那!」
熟練し切った様子で荷でもくくるように詰襟の男が幸雄の踝《くるぶし》の上から両脚をぎりぎり白木綿で巻きつけ始めた。足許が棒のようになったので足掻きがつかずもろに倒れそうになっては、立ちなおって荒れる。容赦なく腹を締めつけ、遂に両腕も緊《きつ》く白木綿の下に巻き込まれてしまった。幸雄は、今はハッ、ハッと息を吐きながら、鳥肌立って蒼い頬の上にぽろぽろ涙を流し始めた。男共は葬列でも送るように鎮まりかえった。愈々《いよいよ》担ぎ上げられて、数歩進んだ。突然子供がしゃくり上げて泣くような高い歔欷《すすりなき》の声が四辺の静寂を破った。
「石川! イシカワ!」
いい加減心を乱されていた石川はあたふた病人の頭の方に駈けよった。
「助けとくれ、ドーカ[#「ドーカ」に傍点]助けとくれ! 石川」
仰向いたまま食いつくように石川を見る病人の真実溢れた両眼から限りなく涙が流れ落ちた。
新しい家に移って来て、奥さんは三年の間一人で暮し
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