の中折れを片手で頭からむくように脱いで形式的に礼を返した。
「やあ、どうぞよろしく。――これで建坪はどの位ありましょうかね」
 幸雄は面倒そうに、
「引くるめて三十五坪くらいなもんです」
と答えた。
「ふーむ。――ここからだと電車の停留場はどの見当になるでしょう」
 幸雄は黙っていた。すると手塚が思い出したように、
「あなた、今日は何です、電車ですか」
と訊いた。
「いや、自動車でやって来ましたが……何です?」
 手塚は片手の指で半白の髭が延びた顎を撫でていたが、あちらを向いて鳶《とび》の働くのを眺めている幸雄の肩を軽く叩いた。
「君、この方が自動車で来られたんだそうだが、丁度いい工合だ、帰途乗せていただいて病院へ廻って行こうじゃないか」
 自信のない不自然な微笑を浮べている手塚を幸雄はきっと頭を廻して睨んだが、見るうちに相恰《そうごう》が変った。唇まで土気色をし、
「いやだ!」
ときっぱり拒んだ。
「一寸廻る分にはいいだろう、次手《ついで》だもの」
「いやだと云ったらいやだ」
 それは昼間の普請場に響き渡る大声であった。幸雄が立つ。続いて手塚も突立った。相手を睨み据えながら、幸雄は手
前へ 次へ
全28ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング