子の姿を見ると、彼女は、
「まあ、貴女が来ていたの」
と他意ない調子で驚を示した。
「さっきから、何だか人の声がすると思ったら――」
嫣々《にこにこ》して母娘を見較べる米子に、おくめは、心持身を開いて娘を引き合わせるようにしながら、
「麹町から用があるとかいって、参りましたものですから……」
と云った。後について、のぶ子はつつましく、
「まことに相すみませんが、一寸お暇がいただけますでしょうか、急な用があるというものでございますから」
と、主意を明かにした。彼女は、母親にだけまかせて置いては、なかなか用向が通らない歯痒《はが》ゆさを覚えたのである。
「まあ、そうこれから直ぐ行くの? 勿論、行ったって構わないけれども、折角、おのぶさんも来たんだから、一緒に御飯をすませて行ったらいいでしょう」
 米子は、年に於ては、のぶ子と幾何《いくら》も違っていなかった。自然、ちょくちょく日曜などに来るのぶ子に対しても彼女は、冷かでない好意を持っていたのである。
「お正月に、ゆっくり遊びに行って来たらいいだろうというのに、おくめさんは、遠慮ばかりしているのだもの」
 彼女は、のぶ子を見て一寸笑った。

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