るのではあるまいかとさえ思われることもある。
 おくめが不幸なことばかり立て続けて起った故郷の家を、一先ずしめて不図したことから、まるで他人の沢田の家に手伝うようになったこともふさ子は、雇人などには隠していた。七月の暑い盛り、根岸に来ると間もなく、彼女は、のぶ子を使にして、手紙に、住所などは書いてよこさないように、必要があったら渋谷の親戚にいる積りで万事取計らってくれるようにということなどを、指図してよこしたのであった。
 その時も、おくめは、云い表し難い屈辱を、世間と娘とに感じながら口では平気らしく、
「結構だとも?」
と云った。
「どうせ、姉さんなんぞは私に用のある筈もないからね。私は、これでも、お前に近くなってちょくちょく会えるのが楽しみなんだよ。
 自分さえする気にならなければ、何にも、他人の家の台所なんぞをしないたってよいのだけれども――」
 一つは、来てくれとも云われないのに、行くものかという心持からおくめは、一本の手紙さえ書かずに今日まで過して来たのである。
 けれども、こうやって思いがけない時、のぶ子にすすめられ、懇願されて見ると、おくめの心は動いた。
 行けば面倒とは
前へ 次へ
全30ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング