ながら見紛うばかり美しく見えた。
「何か用かえ。――まあ一寸お入りな」
おくめは、娘を眺め、夕飯の仕度にかかった台所を見廻し、両方に気兼ねをするような表情を現した。
「直きすむから、上っておいで」
然し、のぶ子は、外に立ったまま、
「ええ」
と云うばかりで入ろうとはしない。
「どうしたの?」
「――阿母《おっか》さん、今夜はいそがしいの?」
「別にいそがしいってことはないけれども、丁度夕御飯にかかったところだからね。――でもいいじゃあないかお上りよ」
「ええ……奥様はいらっしゃるんでしょ?」
のぶ子は、そう云いながら中に入り、母親の鍋をあつかっているところとは一段低い流し元に立った。そして、
「あのね、実はね、阿母さん」
と、声を低め、伏目になって母の手許を見ながら云い始めた。
「麹町まで一寸一緒に来てお貰いしたいんだけれど……」
「麹町へ?」
おくめも、いつの間にか小声になって娘の近くに顔をよせた。
「何かあったのかい?」
「何ってこともないんですけれど――姉さんがね、こっちへ阿母さんが来ているのにちっとも顔出しもしないで、義兄《にい》さんに済まないって怒るんですもの」
「…
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