合わない訳ではなかったが、清五郎というその養子が、山師で、何ぞというと、大掴みに家の金を持ち出しては、どこかへ失くして来た。ただ一人血統を伝えた家の後継者という責任を負わされた彼女は、子供達が三人も出来てから、離縁の相談を迫られた。家が大事と思い込まれていたおくめは、烈婦になった心持で、離別を承諾した。その代り清五郎との間に生れた息子は戸主になり、彼女の一生と子等の将来は安全に保障される筈であった。その誓約にも拘らず、老齢な祖父が死ぬと、公証人を弟に持った義祖母のつなが、あらいざらいの財産を抵当に入れて、自分の甥に受けさせた。
 思いも設けない策略で家産を失ったおくめは、愕き憤って、法律に訴えた。けれども、何にしろ相手は商売人にかかっているので、予想通り事件が進捗しないうちに、何より代え難い、息子にまで死別した。
 皆で※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12、257−18]《むし》り取ってしまえば、分け前といってもさほど無い位の財産のために、おくめは、却って貧しければせずともよい心の苦闘を経て来た。それも、今では、徒に心の苦しみばかり彼女のために遺されたものといってよかった。僅か三十の時に良人を去り、十五年の間、おくめは、危うい手許に、やっと生き残った二人の娘を抱えて来たのである。

        三

 久し振りで出かけたのだから、おくめは、きっと泊って来るものと沢田の家では思っていた。
 けれども、十一時過て、そろそろ寝に就こうかという時分、彼女は、不意と格子を開けて帰って来た。
「まあ、帰って来たの? 泊って来たってよかったのに」
 主婦の前に、おくめは、先ずぽくりと頭を下げた。
「ただいま」
「どうだって?」
「有難うございます……」
 不思議に言葉少いおくめを見、米子は、怪しむような表情を浮べたけれども、何か、彼女を寡黙にさせた原因が麹町であったのだと察したらしく、米子は、それとなく、おくめの前から立ち上った。
「草臥《くたび》れただろうから、緩《ゆっ》くり休むといいわ。こちらはもういいから」
 それに対しても、おくめはただ、黙って頭を下げた。そして、自分の部屋に入り、襖をしめ、出がけとは正反対ののろさで、ゆるみかけた帯を、畳の上に解き落した。片隅に小机を置き、袋戸棚のある四畳半はまるで、今までとは別なところのような心持がする。
「それにしても、何
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