殺、子義信の反乱が、信玄の心にどう影響したか。自分は其が知りたかった。其点がはっきりしてこそ、早苗が、只、敵方に騙り寄せられた城将の妻が古来幾度か繰返したような自裁を決行したのか、又は彼女《かれ》が云うように、国や命を賭けた戦を、彼女《かれ》の命で裁かれたのか、歴然と一方に事実として照し出されたのではあるまいかと思うのである。
 幸四郎も熱を持ち、真実に演じようとはしていたらしいけれど、妙味を見せる場所もなかったように見える。
 嘉久子の早苗は、序幕の舞台が廻ってからが際立ってよかった。
 父鷺坂の居城が、此の武田勢に囲まれて既に危いと云う注進に、はっと顔色を変えて愕く様子。興奮して歩き廻りながら、早く、早く、救を遣れと命を下す辺。私の大嫌な作った姫様声は熱を持ち、響き、打掛の裾をさばいての大きな運動とともに、体中ぞっとするような真実に打たれた心持は忘れ難い。
 無理之助が現れて、さては騙かれたかと心付く辺以下もよかった。
「極楽の鬼」
 第一の感じ。随分賑やかなのに、何故がらんとして立体的でないのだろう。地下室の酒場らしい濃厚な陰翳がなさすぎる。周囲の高い壁がさっぱりしすぎている。声
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング