けれども、舞台に現れただけでは、決して其企図が徹底されているとは思われない。早苗姫が、真個にいとしかったのだが、万事が逆転して子には叛かれ、愛人には怨死されるのか、其とも、只、我ものになるからには飽くまでも服させずには置かない故に口説いたのか。若し、心から愛していたのなら、早苗姫が胸を貫いて死んだ刀の血を拭わせずに鞘に納めることもあり得ようが、忽ち、将軍になろうとしての上洛の途につく決心をするのは何故か?
作者が、私の想像するように、早苗を真心から愛したく思っていたのに、彼の性格的な運命から事は悉く失敗し、最後に彼を捕えたのは、愛でもなく、沈思でもなく、何処までも彼を追い立てて行く武将の野心であったとするならば、最後の一句は、決して、其心をしみじみと味わせるだけの実感を漲らしてはいなかった。
稍々《やや》誇張して云えば、早苗の自殺ではっと気を緊めた見物の前に、大きく「ええ、口惜しや、騙《たば》かられたか!」と仁王立になった信玄と、ちょんびり、出立の用意を命じて思い入れした信玄とが短くつながって幕になってしまったのである。
早苗の死、其に連関して全く消極の働きを起した老傅役の自
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