化の課題が一九三二年の大会で決定されたことは、正しかった。われわれはわれわれの革命的作品によって反動文学を克服し、サークルその他同盟の組織活動によって敵の文化組織を撃破し得るはずであった。
 しかし、それはうまく行っていない。急速に変化した情勢は現在サークル活動の理解の立てなおしを要求している。創作においてもわれわれがプロレタリア作家として互に要求しているだけ雄大で高度で、かついきいきとしたプロレタリアートの生活描写において大衆をすいよせるような作品は出ておらぬ。
 だからといって作家同盟の方向が根本的に誤っているとか、または林房雄の憫然たるアナーキー性の爆発的言辞を引用すれば「鎌倉に引込んだ僕の方がプロレタリア的仕事をするから見ていろ」などというに至っては、すでに論外である。
 真にプロレタリアートの立場に立ち、戦闘的マルキシストの目で発展の本質を理解すれば、われわれの当面する矛盾こそ発展の最大のモメントとして現れていることを理解するのである。
 たとえばブルジョア文学批評家は、自分がもとのように次々と小説を書かぬことについて過去二年間しばしばこういう文句を繰返した。「中條百合子は小
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