校正を、検べ始めた。
 下手な応募俳句を読み合わせているところへ、ぶらりと磯田が入って来た。
「――大分凌ぎよくなって来ましたなあ、久しくお見えなさらんようでしたが、海辺へでもお出かけでしたか」
「ずっと東京でした……あなたは? いかがです、その後」
「やあ、どうも」
 白チョッキの腹をつき出して、磯田は僅に髪の遺っている後頭部に煙草をもった手を当てた。
「年ですな一つは……一進一退です。然し梅雨頃に比べれば生れ更ったようなもんです、湿気は実に障りますなあ」
 磯田は近年激しい神経痛に悩まされ、駿河台の脳神経専門家の許《もと》で絶えず電気療法を受けていた。朝子などには、慢性神経痛だと云った。実際の病気は決してそんな単純なものではなかりそうなことは、知らぬものないこの男の家庭生活のひどさを思っても推測されるのであった。
 さっきの小娘のことを皮肉に思い合わせ、朝子は、
「もう浅野さんはおやめですか」
と訊いた。浅野というのが駿河台の医者であった。ふっと、老人らしい眼付で窓外の景色を眺めていた磯田は、
「ああ、いやまだです」
と元気な声と共に、眼を朝子に移した。
「実は今日もこれから出かけ
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