ているだろう!
 朝子は、自分の感情に愕きつつ考えるのであった。幸子といて、互に扶けつつ生活を運んで行くことに、朝子は真実の不平や否定の理由を心のどこにも持っていなかった。
 それだのに、その熱い力は異様に牽きつける。真空のように吸いよせる。朝子の全身がそこへ向ってひたすら墜落することを欲した。その発作のような瞬間、朝子は自分の肉体の裡で、大きな花弁が渦巻き開き、声なき叫びで心に押しよせるように切なく感じるのであった。
 或る午後、幸子が長椅子で雑誌を読んでいる縁側に籐椅子を出し、朝子が庭を眺めていた。隣家の生垣の際に一株の金木犀があった。やや盛りを過ぎ、朝子の方に庭土の上へまで、金柑色の細かい花を散り敷いてその涼しい香を撒いていた。その香は秋の土の冷えの感じられる香であった。
 朝子は、昼過、印刷屋から帰ったところであった。そこで年とった女工が、隣室で、
「ねえ、源さん、組合ってあるんだってね、そこへ入ると毎月二十銭だか会費納めるんですってねえ」
「はあ」
「そいで何だってえじゃあないの、どっかの工場でストライキでもすると、皆でお金出し合ってすけてやるんだってね」
「へえ」
「いくら
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