己主義者であった。相原を食客に置いた時分から、十年近く、そういう気質の違いや、共通の利害が諸戸にとって微妙な心理的魅力であると見え、少なくとも表面、相原は不思議な感化を諸戸に持っているのであった。
 彼等はトランプをしたり、朝子が最近買ったフランスの画集を観たりして、十一時近く帰った。玄関へ送って出ながら、朝子は冗談にまぎらして云った。
「まあ、なるたけお家騒動へは嘴を入れないことね。私共の時代の仕事じゃないわ」

        六

 朝子が、買物に出ようとして玄関に立っていた。日曜であった。そこへ大平が来た。
「――出かけるんですか」
 彼は洋杖《ステッキ》をついたまま、薄すり緑がかって黄色いセルを着た朝子の姿を見上げた。
「一人?――もう一本は?」
 幸子と自分のことを、朝子は神酒徳利と綽名していた。
「本とお話中でございます。――でも直ぐかえりますから、どうぞ……お幸さん道楽の方らしいから大丈夫よ」
 朝子は草履をはき、三和土《たたき》へ下りて、
「さ」
 大平と入れ換わるようにした。
「――どの辺まで行くんです」
「ついそこ――文房具やへ行くの」
「いい天気だから、じゃ私も
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