っかり男っ臭くなっちまって……あんなに子供子供してたのに」
 なお抑えつけようとした。伊田が本気で、
「馬鹿! 止してくれ」
と、手を払い立ち上った。
 二時間程経って、朝子が手洗いのついでに、例の濠を見渡す、ここばかりはややセザンヌの絵のような風景を眺めて立っていると、伊田が来た。彼は、さっき見られたのが大分極り悪い風であったが、それは云わず、
「今日おいそがしいですか」
と朝子に訊いた。
「いいえ――用?」
「用じゃないんですけど……夜、上ってかまいませんか」
「いらっしゃい」
「川島君も行くかも知れないんですが」
「どうぞ」
「川島の奴……叱られちまやがった」
 伊田は、面白がっているような、怖くなくもないような、善良な笑い顔をした。
「……じゃ」
 朝子に、訊ねる時間を与えず、彼は云った。

        五

 日露戦争当時、或る篤志な婦人が、全国の有志を糾合して一つの婦人団体を組織した。戦時中、その団体は相当活動して実績を挙げた。主脳者であった婦人が死んだ後も、団体は解散せず明治時代|帷幄《いあく》政治で名のあった女流を会長にしたりして、次第に社会事業など企てて来た。
 
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