し暖く叱るように幸子が云った。
「だから、早く奥さんをみつけなさいって云うんだのに」
大平はそれに答えず、幸子が心理学を教えている女子大学の噂など始めた。二年ばかり前、彼の妻は彼の許を去った。初めの愛人が、今は彼女と暮している模様だ。大平は三十六であった。
食後、三人はぴょんぴょんをして遊んだ。初め、大平はその遊びを知らず、二枚折の盤の上の文字を、
「何? ピヨン? ピヨン?」
と読んだ。
「ぴょん、ぴょんよ」
と朝子に云われた。
幸子が簡単にルールを説明すると、
「そんならダイアモンドじゃあないか」と云い出した。
「それなら、やったことがある。対手の境界線の上まで行っていいんだ」
「これは違うのさ、一本手前までしか行っちゃいけないの」
「一番奥のが出切るまで陣へ入っちゃいけないって云うんだろう? だから、きっと行けるんだ」
「頑固だなあ」
幸子が、じれったそうに、力を入れて宣告した。
「これは違うんだってば」
勝負の間、彼等は、朝子が二人に何をしても平気の癖に、大平が幸子の駒を飛びすぎたり、幸子が彼の計画を打ち壊したりすると、
「こいつめ」
「生意気なことをするな、さ、どうだ」
「ほら、朝っぺ! うまいぞうまいぞ」
などというそれ等の言葉は、本気とも冗談ともとれた。
「なんて負けず嫌いなの。二人とも?」
「ああ、女の執念ですからね」
大平が、行き悩んで駒で盤の上を叩きながら云った。
「対手にとって不足はないが、と。……どうも詰っちゃったな。朝子さん、何とかなりますまいかね」
「相互扶助を忘れた結果だから、さあそうして当分もがもがしていらっしゃい」
この桃畑の家を見つけたのは大平であった。幸子はそれまで小日向《こびなた》の方にいた。朝子は一年半程前に夫を失い、河田町の生家に暮していた。幸子と二人で家を持つと決ったとき、大平は、
「よし……家探しは僕が引受けてあげましょう。どうせ学校のまわりだろう? そんならお手のもんだ」
と云った。
「隣りへ空いたなんて云って来たって行きませんよ、五月蠅くてしようがありゃしない」
すると、まだ四五遍しか会っていなかった朝子を顧み、大平は、敏感な顔面筋肉の間から、濃やかな艶のある、右と左と少しちんばなような、印象的な眼で笑いかけた。
「念を押すところが未だしも愛すべきですね。『姦《かしま》し』に一つ足りないなんてもの、
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