いる、その唯二間の中の一部屋を更に借りて暮しているのだ。六畳が長屋の往来に向ってある。そこに伊藤のおじさん、おばさんが暮していた。次の三畳が一太の家であった。雨が降ると、だから一太はその三畳に母親とおとなしくしていなければならぬ都合であった。三畳は、大人の女一人が仕事でもして坐っているにはよいが、一太の往来を駈けずり廻る手脚にはお話にならず狭かった。一太一人ではない、母親が賃仕事をしている。一太は坐って隣室との境の唐紙にぶつかると叱られるから、大抵寝転った。頭を母の方に向け、両脚を、竹格子の窓に突出した。屋根がトタンだから、風が吹いて雨が靡《なび》くとバラバラ、小豆を撒くような音がした。さもなければザッ、ザッ、気味悪くひどい雨音がする。一太は、小学校へ一年行ったぎりで仮名も碌《ろく》に知らなかった。雑誌などなかったから、一太は寝転んだまま、小声で唐紙を読んだ。さっきも云った隣との区切りの唐紙が、普通の襖紙で貼ってなく、新聞の附録の古くさい美人画や新聞や、そこらに落こちていた雑誌の屑のようなもので貼られていた。幾年か昔、この長屋が始めて建ったときには、そこだってきっとおばさん達のいる方の
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