うにこわかった。こわいだけなお面白い。母親と歩いていると、そんなに面白い善どんさえ、いつものように言葉をかけてはくれなかった。一太が懐《なつ》っこく、
「善どん」
と声をかけても、
「や」
と云うぎりであった。真面目くさっていた。そして直ぐぶつぶつ、箕をふいて籾選りを仕つづけた。
 それにしても雨降りよりは増しだ。
 雨だと一太は納豆売りに出なかった。学校へ行かない一太は一日家に凝っとしていなければならないが、毎日野天にいることが多い一太にとってそれは実に退屈だった。一太の家は、千住から小菅の方へ行く街道沿いで、繩暖簾《なわのれん》の飯屋の横丁を入った処にあった。その横丁は雨っぷりのとき、番傘を真直さしては入れない程狭かった。奥に、トタン屋根の長屋が五棟並んでいて一太のは三列目の一番端れであった。どの家だってごく狭いのだが、一太母子は一層狭い場所に暮した。
「お前んち、どこ?」
と訊かれると、一太は、
「潮田さんちの隣だよ」
と躊躇《ちゅうちょ》せず答えた。が、それは家ではない、ただ部屋と云う方が正しかった。つまり、一太の母子は、長屋の一軒を自分で借りているのでなく、他人が借りて主人で
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