、うるさい!」
踏切りのこっちへ来ると、一太の朋輩や、米屋の善どんなどがいた。一太一人で納豆籠をぶらくって通ると、誰かが、
「一ちゃんおいで」
と呼んだ。米屋の善どんは眉毛も着物も真白鼠で、働きながら、
「今かえんのかい?」
と訊いた。
「うん」
一太は立ちどまって、善さんが南京袋をかついで来ては荷車に積むのや、モーターで動いている杵《きね》を眺めた。
「今日はどこだい」
「池の端」
「ふーむ……やっこらせ! と、……洒落《しゃれ》てやがんな、綺麗な姐さんがうんといたろう?」
「ああいたよ」
「チェッ! うまくやってやがらあ」
「なぜさ、善どん、なぜうまくやってやがらあ、なのさ」
「うまくやってやがるから、やってやがるのさ。チェッチェのチェだよ」
一太は、
「やーい、おかしな善どん」
と囃《はや》し立て、逃げる真似をした。
「なによっ! 生意気な納豆野郎!」
一太はそれを待っていたのだ。チョロリ、チョロリ、荷車の囲りを駈け廻って善どんに追っかけられた。大人と鬼ごっこするのが一太はどんなに好きで面白かったろう。むんずとした手で捕まりそうになると、一太は本当にはっとし、目をつぶりそ
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