い、恍惚《うっとり》した。
「おっかちゃん、あんな犬玉子食うかい?」
母は、横眼で門の中を見たぎり、
「さあどうだか」
と考え考えいった。一太は素足だから、べたべた草履が踵を打つ音をさせながら歩いた。
「ね、おっかちゃん、あんな家却って駄目なんだよ。女中の奴がね、いきなりいりませんて断っちまやがるよ」
一太が賢そうな声を潜めて母に教えた。そこでは、桜の葉が散っている門内の小砂利の上でお附の女中を対手に水兵服の児が三輪車を乗り廻していた。
一太は早く大きくなって、玉子も独りで売りに出たいと思った。母親が待っていると、一太は行った先で遊んでいることも出来なかったし、道草も食えなかった。萬世軒の表にいる猿もおちおち見物していられなかった。それに何だか窮屈だ。――母親のツメオが随分永く歩く間余り口をきいてくれず、笑いもしなかったからだ。――全く、母親は笑わない……。仕方がないから、一太は道傍の石ころを蹴飛ばしては追いかけて歩いたが、どうかしてそれが玉子の売れないのとぶつかると、一太は黙って歩いているのが淋しいような心配な気になった。
「ね、おっかちゃん」
「何だよ、ねえねえってさっきから
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