が戻って来た。
「どうだ、とれたか」
「ええ、随分ありましたよ、うんとなってるね高いとこに……届かなかった僕あ」
 一太は両手に懐の栗を出して見せた。
「何だ、こんな青いなあ駄目だよ」
「ふーん。乾しといても駄目だろうか」
「駄目さ、樹からもぐと栗も死ぬからな、乾したって食べるようにはならないよ」
 立ったまま、一太の手の栗を見ていたその人はやがて、
「こっちへおいで面白いものをやろう」
と云った。
「あなたも……」
「有難うございますけれども、もうお暇《いとま》いたしますから」
「まあゆっくり相談しているうちには何とかなるまいもんでもないさ」
 一太の母は、不平そうに慍《おこ》ったような表情を太い縦皺の切れ込んだ眉間に浮べたまま次の間に来た。小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉《こんろ》があり、そこへ小女が火をとっていた。一太は好奇心と期待を顔に現して、示されたところに坐った。
「今じき何か出来るそうだが、それまでのつなぎに一つ珍らしいもんがあるよ」
 その人は、焜炉の網に白い平べったい餅の薄切れのようなものをのせ、箸で返しながら焙《あぶ》った。手許を熱心に眺め、口の中に唾を出していた一太
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