もあるよ。この辺竹藪が多いんだね」
「ああ」
一太は眼をキラキラさせて訊いた。
「あんな竹藪、虎が出るだろうか」
「ハッハッハッ、ここへ虎が出ちゃ大変だ」
「じゃ朝鮮にいるだろうか」
「君が行く方にはいないよ、いるのは豚だけだ」
「豚? じゃ清正が退治したってのは本当は豚かい?」
「これ! 何です、豚かいなんて」
「ハハハハ。構わん構わん……清正が退治したのは本物の虎さ。だが虎は朝鮮でもずっと北へ行かないじゃいまいよ」
「ふーん」
暫くまた二人の話をきいていたが、一太は行儀よくしていることに馴れないから、籠に入れられた犬のように節々がみしみしして来た。一太は「アアー」と欠伸をしながら延びをした。
「何ですね一ちゃんは! あなたも一緒にちゃんとお願いするもんです。いくつになっても苦労ばかりかけて……」
「退屈な方が尤《もっと》もさ。――外へ出て見て御覧、栗がなってるかも知れないよ」
一太は玄関を出て、大きなポプラの樹のところを台所の方へ廻って見た。直ぐ隣りが見え、そこの庭にはダリアが一杯咲いている。一太が下駄を引ずって歩くと、その辺一面散っているポプラの枯葉がカサカサ鳴った。一太は
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