けながら云った。
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「ほんとにねえ。まるで生れ換った様だこと。
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 雌鴨も、連れの傍によって、白い瞼を開けたり、つぶったりしながら、一生懸命に身繕いをし始めた。
 可愛いく胸を張り腰を据えて、如何にも優しい身ごなしで、油をぬったり、一枚一枚の羽をしごいたりして居る雌鴨の様子を、わきからだまって見て居るうちに、雄鴨はどうしても離れられない様な愛着を感じた。
 彼には、その体つきの、キリリシャンとした所から、真黒い眼が割合になみより小さいのも気に入って居た。
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「ほんとに好い形恰だ。けれ共どうもちっとあれが気になる。
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 雄鴨は、割合に美くしくない相手の羽根の模様に、仔細らしく小首を傾けたけれ共その、羽根の黒いポツポツが順序よく定まった大きさについて居ないと云う事は、却って全体の姿に若々しい不釣合、愛嬌と云う様なものを添えるばかりであると思いつくと、彼にとっては、羽の模様がほかのと異うと云う事が、尊い只彼女のみの持って居る宝物ででも有るかの様に感じられて来たのである。
 彼は晴ればれした心持で、可愛い連れの身繕いを手助[#「助」に「(ママ)」の注記]ってやったり、羽根をしごく次第《ついで》に一寸強く引っぱって見たり、擽って見たりした。
 二羽は充分めかし込んだ。
 出来る丈美くしくなった。
 そして又、意気揚々と歩き出したのである。
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「どっちへ行きましょうね。
「向うへ行って御覧、うんそうそうまっすぐの方へ。
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 二つの影は、かたい地面の上に縺れ合った。
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「良い晩だわねえ。
「ああほんとにさ。一つ飛んで行こうか、
 随分好い気持だろうよ。
「さあ、歩いた方がいい事よ此那好い虫が居るんだもの。
 あら! まあ御覧なさい、早くいらっしゃいよ。
 何て居るんだろう。
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 茶っぽい小虫の群が、草の根元にかじかんだ様になって居るのを雌鴨は見つけたのである。
 彼女は思い掛けない発見物にすっかり心を奪われて仕舞った。
 そして雄鴨とはまるで、何の関係もなく独りでズンズンと、わき道へそれて行って仕舞った。
 後に一羽とりのこされた雄鴨は「ああ危いなあ」と思わずには居られなかった。
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