一刻
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)落ちるせき[#「せき」に傍点]がないですよ
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制限時間はすぎているのに、電車が来なくて有楽町の駅の群集は、刻々つまって来た。
「もうそろそろ運動はじめたかい」
人に押されて、ゆるく体をまわすようにしながら、蔵原さんが訊いた。
「これからだ」
江口さんは栃木県で立候補した。新しくなろうとして熱心な村の人々にとって、根気よい産婆役をしているのであった。
「しかしね、モラトリアムでいくらかいいかもしれないよ。――この間うちの相場は、二百円だった」
「一票が、かい?」
「ああ。百円じゃいやだというそうだ。東京じゃ米で買う奴が多いらしいね」
そこへ、一台電車が入って来た。プラットフォームの群集は、例のとおり、止りかかる電車目がけて殺到した。すると、高く駅員の声が響いた。
「この電車は、南方より復員の貸切電車であります。どなたも、おのりにならないように願います」
丁度目の前でドアが開いて、七分通り満員の車内の一部が見えた。リュックをかついで、カーキの服を着て、
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