ぼんやりした表情の人々の顔が、こちらを向いている。ああこれが、有楽町か、という心もちの動きの出ている眼もないし、ひどい人だ、と思って投げられている視線もない。少し奥には、「ねんねこ」おんぶをした女の横姿も見えた。
「みんなやせてるね」
「蒼いや。な」
 日頃あれほど粗暴な群集も、その場からちっとも動かず、カラリと開いているドアの方に注意をこらした。
「ぼーっとしているねえ、みんな」
 そのうち、その電車は駛り去った。次に、又京浜が来て、私どもは、揉み込まれた。
 上野へ来た。「降りますよウ」
「降せ! 降せったら……」
 大騒動になった。しかし、エンジンの工合が損じ、ドアは開かないまま、上野を出てしまった。

 鶯谷へついたとき、人々はせき立って、窓から降りはじめた。男たちばかりが降りている。そのうちやっと、ドアが開いた。
 出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方から、若い女が、おろおろになって
「あの、この辺にショール落ちていないでしょうか」
「こんなこみかたじゃ、落ちるせき[#「せき」に傍点]がないですよ」
「どうしましょう! 舶来のショールで母さんの大事にしているのを、さむい
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング