ぼんやりした表情の人々の顔が、こちらを向いている。ああこれが、有楽町か、という心もちの動きの出ている眼もないし、ひどい人だ、と思って投げられている視線もない。少し奥には、「ねんねこ」おんぶをした女の横姿も見えた。
「みんなやせてるね」
「蒼いや。な」
日頃あれほど粗暴な群集も、その場からちっとも動かず、カラリと開いているドアの方に注意をこらした。
「ぼーっとしているねえ、みんな」
そのうち、その電車は駛り去った。次に、又京浜が来て、私どもは、揉み込まれた。
上野へ来た。「降りますよウ」
「降せ! 降せったら……」
大騒動になった。しかし、エンジンの工合が損じ、ドアは開かないまま、上野を出てしまった。
鶯谷へついたとき、人々はせき立って、窓から降りはじめた。男たちばかりが降りている。そのうちやっと、ドアが開いた。
出口に近づいて行ったら、反対の坐席の横の方から、若い女が、おろおろになって
「あの、この辺にショール落ちていないでしょうか」
「こんなこみかたじゃ、落ちるせき[#「せき」に傍点]がないですよ」
「どうしましょう! 舶来のショールで母さんの大事にしているのを、さむい
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