手前で降りるんですが」
「へえ……」
 婆さんは露骨に骨折損をしたという表情をその声に現して、此方へ向きなおった。小さい引つめ束髪に結った彼女の髷は、もう幾日櫛をとおさないか。謂わばまあ埃と毛髪のこね物なのだが、そこへ、二本妻楊子がさしてある。
 蕨を出て程なく婆さんは、私に訊いた。
「大宮はまだでしょうか」
「この次浦和でしょう? 次が与野、大宮です。――大きい停車場だからすぐわかりますよ」
「どうも有難うございます。何にしろ始めて此方へ来るもんですから勝手が分らなくって――白岡って処へ参るんですが……」
 浦和を出たばかりに、婆さんは、
「もう大宮でござんしょうか」
と、私に質問を繰返した。下町の生活に馴れて汽車に乗るだけさえ一事件であるのだろうと同情していた私は、少し癇癪を起した。
 婆さんは、それを働かして少しは自分で自分の行く先に注意を払うだけの脳味噌も持ち合わせていないのであろうか。彼女の質問のしぶりには、彼女が混んだ電車に乗り合わせた時、ほんの三寸の隙間をも見つけて、そこへ小さからぬ尻から割り込んで掛けずに置かない性質が微妙に閃いているのであった。ばあやさんよ。私は、そし
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