て、そのような性質は余りすきではないのだ。
 大宮へ来た。駅夫が「オワミヤ――オワミヤ」とワのところにアクセントをつけ車窓の下を呼んで通った。婆さんは、呆然と、その駅夫の開いたりしまったりする口だけを見た。
「大宮ですか」
「ええ……」
「大きいステーションでござんすねえ」
「次の次が白岡ですよ」
「さよですか――どうも」
 初夏の若葉こそ曇り日に照っているが、駅の黒い柵の裏から直ぐ荒漠とした原野が連っている物音もせぬ小駅が白岡であった。ひっそり砂利を敷きつめた野天に立つ告知板の黒文字 しらおか[#「しらおか」は横書き] 寂しい駅前の光景が柔かく私の心を押した。
「白岡ですよ」
 婆さんは袋と洋傘とを今度は一ツずつ左右の手に掴み、周章《あわ》てて席を出たが、振り返り、
「あの、私の降りるのここでござんしょうか」
「――だって白岡でしょう?」
――何と可笑しく腹立たしい婆さん!
 列車は、婆さんが鼠色のコートにくるまって不機嫌で愚かな何かの怪のように更に遠く辿って行くだろう疎林の小径を右に見て走った。
[#地付き]〔一九二七年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
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