のにね、そうすりゃこの間のことだってあのまんま何てことなくなっちゃっていいんだがね」
「来るだろう」
 空気枕に頭を押しつけこれ等の会話をききつつ、私は可笑しい、奇妙な心持がした。ばあや、ばあやと呼ばれる婆さんも――恐らく送りに来ている女の母親なのだろうが、その若い女の方も、殆ど絶えず喋る癖に、互にまるで上の空のようであった。反射的にひょいひょいいろいろ云う。ちっとも語調に真情がない、――
 軈《やが》て発車した。
 私は眠い。一昨日那須温泉から帰って来、昨日一日買いものその他に歩き廻って又戻って行こうとしているのだから。それに窓外の風景もまだ平凡だ。僅かとろりとした時、隣りの婆さんが、後の男に呼びかけた。
「あのう――白岡《しらおか》はまだよっぽど先でござんしょうか」
「まだ四ツ五ツ先ですよ」
「大宮からよっぽど先でござんしょうか」
「大宮から蓮田、白岡です」
「そうでございますか」
 そして、女性的本能の残留らしい媚をふくんだ調子で婆さんはつづけた。
「始めてだもんですから。どうも一向勝手が判りませんでねえ――あのう、すみませんが白岡へ参りましたら一寸教えて下さいませんか」
「私は
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