上へのっかっちゃってさ」
窓から覗き込んで指図する。婆さんは、けれども矢張り洋傘を掴んだまま、汚れた手拭で顔を拭いた。
「降りゃしないかね、これで彼方へつくのはどうしたって日暮れだ」
「大丈夫だよ、俥でおいでね、くたぶれちゃうよ。一里半もあるんだってからさ」
「お前傘は?」
「いいよ、平気」
「どうせ家へかえるんだもんね」
「あああ家へかえるんだもの」
婆さんは、偶然の隣人である私の風体を暫く観察していたが、いきなり云った。
「源坊、あぶないよ」
女は、遠い改札口の方をぼんやり眺めたなり鸚鵡《おおむ》返しに、
「あぶないよ本当に」
と、傍に立って車窓を見上げている六ツばかりの男の児の手を引っぱった。白っぽい半洋袴服をつけ、役者の子のような鳥打帽をかぶったその男の児は、よろけながら笑った。
「大丈夫だよ」
婆さんは荒っぽい愛惜を現した顔で子供を眺めながら云った。
「乗りたいの、やっと辛棒してるんだよ。ね? そうだろう?」
「そうさ、今が今まで一緒に行く気でいたんだもの」
「又この次のとき行くさ。どうせ一晩泊りだもん――あっちじゃ伯母さんが来るだろうかねえ」
「さあ」
「来りゃいい
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング