面目な気狂いもあるものですよ。私のところに手伝って貰って居た人で名士訪問会という会へ出かけ、一日でも家にじっとして居られないという人がありましてね」
 皆笑う。
「ほんとうに真面目なんですよ、気違いでも何でも真面目だからいいって手伝って居て貰って居ましたが、気違いの気狂いたるところは、刺戟を求めずに居られないのですね。
 矢島さんが|私とこ《わたしトコ》でお助けしたいいうてね。」
          ――○――
 西川氏は、真面目 ということを独特につかう。

     伊藤朝子氏のこと(彼女の話)

 私は七つの時、病気ですっかり頭髪がぬけてしまいました。それから二十七まで、一歩も外に出ないような生活をして来ました。私の苦しかったのは、内には女としての熱い熱い燃えるような思いがあるのに、それを出そうとすると、そとから阻まれ阻まれ押えられて来たことです。
 それが伊藤によって充され、道徳的な限界から自由に自分と云うものをあらわして生活してゆくことになったのですね。
 私の或青年との恋愛は、伊藤によってみたされなかった美の感情がその人に向ってほとばしったとでも云いますか。
 私自身始めっからそれは自覚して居ましたから、その男の人がほかに好きな女の出来たとき、やっと、役目のすんだような気がしました。
          ――○――
 自分の浮気を押えようとして居るうちは、まだ浮気は小さい。
 私などは、人間は浮気に出来て居ると思って居ますよ。

     西川文子氏の観察

 あの人は告白病にかかって居るのです。どんな女の人でも経験することだのにあの人は、ああ云う頭で、ひとからまるで特殊な生存あつかいにされるため、その経験を特別なもののように告白せずには居られないのですね。私はよく云うんですよ。
「貴女が考えて居る位のことは皆誰でも考えて居ますよ。ただ黙って居るばかりです。だから貴女もだまって居たらいいでしょう」ってね。
 あの人は、あの告白病で雑誌をつぶして居るんですよ。
 先も、あの人がお国へかえって居た間に伊藤さんがほかの女の人に手紙をやったと云うことで大層なけんかになって、それを雑誌に書いて、うんとことわられてしまったでしょう。
 今度だって貴女、変な若い男と何だかで、それを又、雑誌に告白し駄目にしてしまったんですもの。
三宅「そう云う風に、くらりと告白し、雑誌の方の打算なしにおやりになってしまうところが一寸変って居ますわね。ね、一寸出来ませんわね、」
西「それにあの人は、男の人が、女と云うことを忘れまるで平気にあの人と議論するし、伊藤さんも他の人とは異うと寛大にしていらっしゃるので、あの方はそれをかん違いし、皆、自分を愛して居るかと思いなさるのですよ。だから男の人が、そんなに思われて居るのは迷惑だって云います。あの人は私共の仲間の愛嬌ものですよ。」
          ――○――
 私の思うのに。
 このことは、愛嬌以上だ。朝子の方は所謂醜女の深なさけで、男が、女と思わず手にさわり喋りするのを、自分が卓越して居る為とか、愛されて居る為とか思って幸福に人生を麗らかにして居るところ痛ましきかぎり。又良人が自由にさせたい通りさせて置くのを、一層深き理解と愛の為と思い込んで居る女の愛らしさ。殆ど涙の出るものがある。
 その関係を書いて見たい。なかなかむずかしい。

     Aの「かまわない」

△「何をあがりますか」
A「何でもかまわない」
 食事になる。終りに近づいてから。
A「今日は僕のすきなものばっかりだ。」
△心でよろこび「そうでございますか」
A「ちっともたべられやしない。皆ぼくのきらいなものばっかりだ。」
 Aはきかれると何でもよい、どうでもよい、と云うくせに、心持ではちっとも何でもよく、どうでもよいのではない。自分の思うようでないと、不平を洩す。故にする方は、前もって、その底まで考える必要あり。陰性の我ままと云うべし。

     自分とT先生との心持

 自分とT先生との心持――寧ろ、自分のT先生に対する心持は深く、強く、ごまかし難いものだ。
 師弟の関係に於て何かのよいきっかけを見つけ、書きたい。
 この心持、佐藤春夫の見失われた白鳥の話にある。
「妙に根本的に考える」私の性癖によるのだ。

     ○敏感すぎる夫と妻

 妻、ひとりで家に居、女中が留守になったので朝食事の用意を簡単にする為、オートミールでもあればよいなと、考えて居る。――夫の着物を火鉢にあぶったり、炭をなおしたりし乍ら。すると、玄関があき夫がかえって来、「今日明治屋によって来た」と云う。
「まあ! 珍しいのね、どうして」ふっとオートミールのことを思い出し、ふざけ半分にきく
「買っていらしったもの、当てて見ましょうか」
 靴をぬぎつつ
「う
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