江の島などゆくらしい。たのしみにしてその話、
 中に一人赤いリボンの腕時計をし、お下げどめのしかたも東京風 「まあいやだ」などというのも東京風で色も白い、一寸リボンのついた靴をはき目立つ。いつかの旅行のとき
「ジャブーンと波がかかってこんなとこまでぬれちゃったの、一生懸命かわかしてまだ時間があるから、又遊びにいったら、又ジャブーンかかっちゃったの、又乾したけれど間に合わなくてと[#「と」に傍点]うとう買っちゃった。ここっきしないのが五十[#「十」に傍点]銭だって。
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〔欄外に〕ヽの打ってあるところにアクセントあり
[#ここで字下げ終わり]
「じゃすね出ちゃったね」
「え、何とか何とか」
「やんだこと、到頭×ちゃんとうとと叱られてんの」
「何して」
「旅行のこと心配しておっかしなことばっか喋ってんだもの――食べもののことばっか考えて、紙にかいたり何かしてっからよ」
「チョコレートにシュークリームにもってこうて? 持ちものんなるから 私お菓子なんか何にももってがない」
「むこうで買う方が雑作ないね」云々

 べこの前の二人 しきり英語を暗記して居る ディクテーションとかいたかみを二つにたたみ、見ると 巻パン[#「巻パン」は横組み] Roll accident adapt angel そんな字が見える 天使、天子と書いてある。細い、くろ豆のような女の子。

     乗り合

  黒磯――那須、五月一日
 ○松川やのおかみ、有江の婆さんの感じ「私たちは山ん中でちぢかんで暮すように、運命づけられて居るのかもしれませんね」
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〔欄外に〕乾からびた声
[#ここで字下げ終わり]
 ○オートバイが一台ゆく
婆「だれだい」れ[#「れ」に傍点]のところにアクセントをつけて
運転「準ちゃんです」
「へえ、のってんのは」
「獣医です」
「牛でも病気になったんだろうか」
「馬です」
「馬も居る[#「る」に傍点]の」
「馬や牛かってるんです」
「ふーむ、馬や牛より木を植える方がいいや、第一食わせなくっていいもん」
 後の席の男
 春外套の鼠色のを着、鼻髭のある四十がらみの男、先ず
「その鞄あぶなかあねえか」
と云う、動き出してから
「ああ、いい道ですな、これならいい、御用邸の出来たおかげですよ 御用邸の出来たおかげですよ」
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〔欄外に〕
 その時自分、一寸可笑しい。すると松川やの女房、冷笑して、傍の運転手を一寸かえり見た。
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 謡をうたう、同乗の子供に
「お嬢さん、何か音が聞えますか?」
 自分の謡のことを云うなり、子供わからず
「……」
「ねえ嬢ちゃん(ジ[#「ジ」に傍点]ョちゃんと云わず東北的にジョ[#「ョ」に傍点]ーちゃんという)何の音だろう」
 又謡をうたう。母親
「何でしょうね」
と世辞にいう。
 子供
「ピーンていった」
と小さい声で答えた。自動車が小砂利をとばし、車輪に当ってピーンとそのとき鳴ったのだ。
 その男少し低能のようで、「水車、水のまにまに廻るなり やまずめぐるもやまずめぐるも」
 細い声を無理に出して見たり低い声を出したりしてうたう。
 つれの男迷惑そうにしてだまって居る。

「いくらかのぼりだろ[#「ろ」に傍点]うかな」
「ならし六度の勾配になって居ります これからずーっと上りになります」
「ふーむ、ずーっとね」その男松川やの細君の手真似をする――手をずーっととあげて。やがて、ギーアをかえ爆音つよし
「ほらのぼりだな、音《おと[#「と」に傍点]》でわかっるね、こういう音は馬力を出して居る[#「る」に傍点]に|違い《チ[#「チ」に傍点]ガエ》ない 音でわかりますよ」
 うるさい、うるさい

     H・Kのいたずら

 文学少女が来る。
「私小説かきたいんですが」
「あなた恋愛をしたことがありますか」
「いいえ」
「恋愛もしないで小説かこうなんて――じゃ例えばですね、私を恋の対象としてですね、あなた私とこうして居るの、心持いいですか?」
「ええ」
 そんなことで、娘くたくたにしてしまう。やがてつれて箱根などにゆく。

     四月二十八日 那須

 ○まだ若葉どころかやっと芽のあま皮がむけたばかり
 ○笹芝にまじって春輪どうの小さい碧い色の花が咲いて居る。
 ○山の皺にまだ雪アリ
 ○四五月頃の温泉あまりよくなし。
 ○枯山に白くコブシの野生の花 遠くから見える景色よし

     都会の公園

  日比谷公園 六月二十七日
 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、
 ○池、柳、鶴
 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首、
 ○ただ一かわの樹木と鉄柵で内幸町の通りと遮断され 木の間から黄色い電車、緑色の水瓜のようなバス、
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