自動車がとび過るのが見ゆ
 ○プラタナスの下のベンチ
 緑色のコートをきた女、断髪の女とかけて居る。断髪の方の髪の工合をコートがなおしてやって居る
 通行人
 ポートフォリオを抱えた爺、学生、アルパカの上っぱりをきた職人、若い女――浴衣、すあし、唐人まげ 特に若い女断髪の方をしきりに見てゆく
 男却って感情あらわさず
 女皆 おや、何とか何とか思ってすぐ。

     日比谷交叉点

 十文字に馳る電車、赤い旗、青旗
 白ズボンに赤すじの入った洋袴《ズボン》をつけた海軍軍楽隊の男が、三人ぬかるみをとびこえ公園に入った。公園の入口にはウインネッケ彗星大歓迎会 音楽と映画の夕べと云う立て札が出て居る。
 円たく、パッカード、セダンの硝子扉の中に白粉をつけた娘の頸足が見える。赤い毛糸帽が自転車でとぶ。
 荷馬車が二台ヨードをとる海藻をのせて横切る。
 男の児が父親に手をひかれて来る 男の児の小さい脚でゴム長靴がゴボゴボと鳴った。
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〔欄外に〕
 ウインネッケが二十七日地球に最も近づく。前日の百五十三万里に比して三万里近くなって居る一時間正ニ千二百五十里 一分分にしても二十一里弱 文字通り宙をとんで来た。
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     上野の自働電話(午後十時)

 直ぐとなりにバナナのたたき売りあり、電話の話と混同する
「ああもしもし(バナナや)ええやっちまえ」
「あら※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 何云ってらっしゃるのよ」
「畜生!(ばななや)もしもし困っちゃうな、ばななのたたきうりがあるんですよ、この電話のそばに」

     ゴーゴリ的会の内情

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主事 古知事(名がすき)
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知事の年俸五千円
今はあっちこっちで七千円近くとる、
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竹内 女房子は故郷に置き下田の男妾、実践を見当にして居る。授産所の村井ともう一人の女を関係して居る。そのことを、男達に知られるのがいやさに、男の職員が女の方にゆくとやかましく云う。
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宍戸、宿直の日、小使部屋に居た そこへ女のひとが来て、喋って居るところへ、ひょっくり竹内入って来て、翌日やめさせるとか何とか云う、やはり臆病からなり。
竹中、元、実業界に居た男、大正九年の暴落でつぶれ、竹内のところでごろつき、会に入れて貰う。赤坂の芸者にひっかかった尻ぬぐいその他すっかりさせた男、段々隣保館で勢力を得て、今しきりに反竹内熱をたきつけて乗とろうとして居る。その男が、まあそれはよくないと宍戸をやめること中止さす。
[#ここで字下げ終わり]
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 ○宍戸に竹内どてらなどくれる。
 ○横田 中央出、両方にはさまりどうしたら利口に立ち廻れるかと考えている男。
 ○小野
 ○唐沢 老人、眠って居るいつも竹内の弱点をにぎる
 ○三輪
 ○竹中 竹内にすっかり恩になったのに反竹内熱を煽ろうとして居る。
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もやをやめさせろという そして当人を見ると、何故やめるか いやなことがあるか何とかなろうなどと云う。電話で「バカヤロー」と怒鳴るというウソ、人にそんなことを云うだけ 横田をやめさせろと云いつつ横田には内密で、成人教育をやらせる。
[#ここで字下げ終わり]
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〔欄外に〕
 いたちごっこ
 竹中は竹内を精神欠カンがあると云い、竹中をモヤは道徳的欠カンがあると云い、そのもやを、竹内は低能児と云う。
 お澄、の言葉によってそれが知れる。
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     五月二十二日

 Mutter のことをいろいろ思い、この頃一つ違った観察をした。
 老年になろうとする前に、まだ若さがのこって居て、その不調和と、生活に対する執着から苦痛が生じ気分もむらになる。若い女に対して嫉妬深い。普通の女、五十になれば老衰し切るがまだ若いところが多いだけ苦しいのだ。その若さがもがく、然し目的ない――生活の――。故に苦し。若くない、老人でない、その苦痛、同情すべし。

     六月或日

 Y机の前で旅券下附願につける保証書の印を加茂へもらいに送るその用の手紙書きつつ
「ねえべこちゃん、これ切手はらないでいいんだろうか――印紙を」
「ハハハハもやでもそういう感違いするのね ハハハハ愉快愉快」
「いらないのか?」
「いらないのよ 収入[#「収入」に傍点]印紙ていう位だもの」
 ――これで一つ思いついた
 持参金をうんと貰った男に
「君の婚姻届には収入印紙がいるね」

     花袋《はなぶくろ》

 まあ、一寸小説もよむ
 田山|花袋《はなぶくろ》の口やね

 
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