〔欄外に〕ジンゲル[#「ジンゲル」は横組み] singer
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     木曾

 山々信州より丸し。
 山家、こば屋根に丸い川原の石をのせて居る。
 杉、赤松など山に多し
 川原に灌木が赤茶っぽく茂り、白い雪をとかして清流が流れる。

     車窓に近く山、浅い

 広い溪流
 樹木一種特長ある
 細さ 線の複雑さ 枝がこまかく 楓、山桜もあり
 繊かに美しい絵的断片的風景

 浅き川コンコンと流れる
 山家の日向の庇に切干や薪干してあり。
 山村春雪。

     懐しき風景

 鮎でも背を光らすように
 小さく時々白波たてて
 走る川水

 田の中にも立木[#三本の枯れた立木の絵(fig4206_03.png)入る]という風にあり。
 枯木の美感

 木曾福島から景色かわる。
 もっと雄々しく山と谷とのきざみめ深し

     木曾のつり橋

 落合川辺の木曾川の水は深く明礬《みょうばん》色で、崖や枯木の茶色と対照す
 幅もひろし。
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〔欄外に〕この辺もうステーション辺 雪なし
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     茅野

 顔を両手でこすりつつ
「ひどいか?」
「ふーむ」
 傍からおしゃく
「あらシーさん天狗になっちゃった、あんたお酒のむと、いつも鼻が赤くなるの」

 二十二歳、成熟した無邪気な肉体、眠って居る欲望の放散。
 ○牛のような強い真直な心を牽く見かた
 ○赤い頬
 ○たべものなど、ゆっくり、時には音を立てて食う――かむ様子

     フイリッポフ

 ○小笠原
 ○レッシャ売り
 ○ローゼン男爵夫人
 ○仕立屋夫妻
 ○ロシア語をならいに来る若者
 ○下の子供、としより
 ○ドイツ人の宣教師
 ○日本人の妻となったロシア女
 ○フッシェ嬢 拳闘士

     農民小説集・六月

  木村 毅氏
  若月保治
  現代文選

     街上風景 六月三十日

 夜七時頃新橋駅に来ると 乗合自動車の小屋の黒服の男、拾ったコムパクトで自分の顔を見て居た。

     七月二十九日

 机に花なし。庭の小町草の小輪をとってさす。
 コップの水に浸って居る葉にこまかいむく毛がある故か、小さい水玉が見える。水の涼しさ、冷たさが感じられて美し。

     同

 きのう、床の間に白、桃色、朱、一株の鬼百合をまぜ、赤絵壺にさして飾る。
 床壁、緑っぽき黒の砂壁、その前に花の色、実に落付いて美しき調和。
 絵――油、にかきたい心持がした。

     恐ろしい風の吹く深夜

 月皎々
 黒龍のような雲
 白い花
 硫黄山

     五月 那須

 ○いし子
 ○きみ子 色気あり
Y「さあこれから行って寝よう」
キ「眠らせませんよ」

 きみ子 びわ師がいい人、
 ○みどり

     米問屋の女房、その手下の男との話

「さよう、さよう」
「いくら私共が御迷惑をかけまいと思って居たって、親銀行が困って居るんですから」
「全くですな」
「地震の年ですかな、その次の年でしたかな、鈴木商店が潰れて随分苦しみましたぜ」
「いや、やっぱり車輛課長」
「随分然し家へなんか居催促でしたよ、執達吏が来るかと思って心配しましたよ」

     夢

 六月九日
 原稿のつぎばりをしようとして小さい鋏をつかう拍子に
「おや、これは先がつぶれて居ない」
 奇妙に思い、この鋏の先がつぶれたのは夢の中のことだったと思い出した。つづいて昨夜のもう一つの夢思い出した。それは柔かい緑色の若葉の梢の中からいくつも、いくつも黒蝶のように雛鳥の黒いのがかえって舞いたつ。驚いて見て居るとだれかが 何とか鳥です と云った、その名 一寸美しかったのだが、覚えず。

     Yの同じ夜の夢

 Y、ベコがピアノを弾いて居る、手つきがよい、ピアノを一つ中古で買おうという、オルガンのような見かけの貧弱なの
「アグファ」という名
「へえ、フィルムと同じ名だな、
 然しベビーピアノでは小さくて大きなものひけず、やすくても(五十円)だめだなと思う

     上野から

 ○白河在の爺
 大学生と向い合っていろいろ喋る。
「あなたが行ってなさる学校にもはあ 支那の留学生来てますかい」
「あげえ、支那さわいでるが 金なじょにしてるだべ」
「政党争いみたいなもんだっぺ」
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〔欄外に〕だんだん尻上りな口調
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「民衆の仕合わせを目標にはしてるらしいない」
「目覚《メザメ》て来たんだない」
 それに対する学生のデスポンデント

     上野――黒磯

 氏家から女学生のった。
  紺サージの制服、緑に白線の入ったバンド
 安積的口調 十二日に旅行アルラシ
 東京日比谷、東京駅、横須賀、
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