欄外に〕
 その時自分、一寸可笑しい。すると松川やの女房、冷笑して、傍の運転手を一寸かえり見た。
[#ここで字下げ終わり]

 謡をうたう、同乗の子供に
「お嬢さん、何か音が聞えますか?」
 自分の謡のことを云うなり、子供わからず
「……」
「ねえ嬢ちゃん(ジ[#「ジ」に傍点]ョちゃんと云わず東北的にジョ[#「ョ」に傍点]ーちゃんという)何の音だろう」
 又謡をうたう。母親
「何でしょうね」
と世辞にいう。
 子供
「ピーンていった」
と小さい声で答えた。自動車が小砂利をとばし、車輪に当ってピーンとそのとき鳴ったのだ。
 その男少し低能のようで、「水車、水のまにまに廻るなり やまずめぐるもやまずめぐるも」
 細い声を無理に出して見たり低い声を出したりしてうたう。
 つれの男迷惑そうにしてだまって居る。

「いくらかのぼりだろ[#「ろ」に傍点]うかな」
「ならし六度の勾配になって居ります これからずーっと上りになります」
「ふーむ、ずーっとね」その男松川やの細君の手真似をする――手をずーっととあげて。やがて、ギーアをかえ爆音つよし
「ほらのぼりだな、音《おと[#「と」に傍点]》でわかっるね、こういう音は馬力を出して居る[#「る」に傍点]に|違い《チ[#「チ」に傍点]ガエ》ない 音でわかりますよ」
 うるさい、うるさい

     H・Kのいたずら

 文学少女が来る。
「私小説かきたいんですが」
「あなた恋愛をしたことがありますか」
「いいえ」
「恋愛もしないで小説かこうなんて――じゃ例えばですね、私を恋の対象としてですね、あなた私とこうして居るの、心持いいですか?」
「ええ」
 そんなことで、娘くたくたにしてしまう。やがてつれて箱根などにゆく。

     四月二十八日 那須

 ○まだ若葉どころかやっと芽のあま皮がむけたばかり
 ○笹芝にまじって春輪どうの小さい碧い色の花が咲いて居る。
 ○山の皺にまだ雪アリ
 ○四五月頃の温泉あまりよくなし。
 ○枯山に白くコブシの野生の花 遠くから見える景色よし

     都会の公園

  日比谷公園 六月二十七日
 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、
 ○池、柳、鶴
 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首、
 ○ただ一かわの樹木と鉄柵で内幸町の通りと遮断され 木の間から黄色い電車、緑色の水瓜のようなバス、
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