自分だけだというのは異様な感じであった。……――この時廊下をいそいで歩く二三人の跫音がした。緊張し 眠気のさめた跫音だ。自分はおや誰か死んだなと思った。
翌朝同室患者のファイエルマンが彼女の一日分五十|瓦《グラム》のパンの端から一切をきり乍ら
――あなた我々の隣の病人の呻るのをききましたか
と云った。
――一昨夜の晩は聴えた。でも昨夜は呻らなかったようです
――一昨日は僧侶がよばれたんですよ
最後の塗油式に呼んだということであろう。
――そんなにわるいの
――ふうむ、そして昨夜死にました
あの跫音はそれであったか。変な心持がした。
彼女は
――ここはまだよい。重い病人は一人の室へ入れられるから
と云った。
――目の前に散々苦しんで死んだ人間が寝て居て御覧なさい、随分いやな気持だ
五年糖尿病を病って六度あっちこっちの病院へ入って歩いて居るうちに、そういう経験もしたらしい。
○内科婦人患者だけ二十七人居る。一室十二人詰のところ一ヵ月四十五円。
二人室 百五十留
一人 二百五十留
ロシアの病院の特徴は、看護婦がわりに 乳母《ニャーニカ》というものがあってそれが一切直接身の
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