どういうことなのでしょう。
いままでジャーナリズムの上に作品を発表しなかった人々が書きはじめた、ということをカムバックといわれているようです。しかし、私どもが文学の問題として研究したいのは、これらの作家が、ただジャーナリズムにおいて執筆依頼をうけるもののリストの中にカムバックしたものか、それとも、文学そのものにおいて再出発する可能を示したという意味でのカムバックであるのかという点です。全部が全部ジャーナリズムの上へカムバックしただけだということは大ざっぱすぎる表現でしょう。しかし、非常に大きい割合で、ジャーナリスティックにカムバックしただけの作家が目立ちます。
その理由の一つは、ブルジョア・ジャーナリズムの「商売」の必要ということです。一定の紙面をふさぎ、よませなければならないのに読ませるものがない。新登場をもって賑わす新人がいません。しようがない。そのうち文化上の戦争責任追及もうやむやになったし、日本の保守傾向の存在できる幅のひろさも見えはじめたことから、頼んでいる人自身が尊敬もしていない、けれどなにしろ読む人がいるのだから、と書かせる。そういうことでジャーナリズムに作家たちがず
前へ
次へ
全57ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング