家へあつまる予定になっているのだった。その家は今最も危険な場所となっているのであった。
 果して六時過ぎ演劇同盟の沢村貞子とプロレタリア産児制限同盟の山本琴子とが、留置場へつれられて来た。沢村貞子が動坂の家の方へ歩いて行くとむこうから妙な男と連れ立って山本琴子がやってくる。これはいけないと思い、そのまますれ違いかけたら山本琴子が、
「アラ!」
と声を出して立ちどまりかけた。それでスパイが沢村貞子に気づき、
「ホ、君も同類か。じゃ一緒に来い」
とつれて来られたのだそうである。
 沢村貞子はその夕方すぐ四谷署へまわされ、山本琴子だけが自分と一緒に駒込署に検束された。

 監房の中はわたしひとりになった。
 四月に入ってはいるが、毎日雨が降る。じかに床に坐っているので冷える。ヤスが和服と暖い下着をさし入れてくれたのを着て、綿ネルの襤褸《ぼろ》になった寝間着を畳んだものの上に坐っている。留置場へ入れられた翌日も雨で寒かったから、多勢の男のいる保護室の誰かがその上に座っておれと云ってその古ネマキを貸してくれたのであった。
 トタンの雨樋を流れる雨の音のあい間に、
「ねえ、旦那やって下さいよ、お願
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