いします」
と、保護室でいっている。
「さっきの交代の時、次の時間まで待てと云ったからおとなしく待っていたんですから……ねえ、旦那」
便所へやってくれというのである。わたしは腹立たしい心持と観察的な心持とでそれを聞いている。
わたしのところからは見えないが、看守は保護室の真前のところをぶらついているらしく、
「……だから行けよ、戸をあけて」
と太い低い声でいっている。四畳半の保護室はやはり板敷であるが、戸は木の縦棧が徳川時代の牢のようにはまっているだけで、やせた腕なら棧の間から手先をさし込み、太い差し錠の金具をひっぱり出すことが出来るのである。今もそれをやってみる金具の音がした。
「――駄目だ!」
錠が下してあるのだ。看守はそれを知っていっている。留置場じゅうがそれを聞いている。雨つづきと、板敷へじかに何日も坐りつづけているのと、粗食とで体は冷えこみ、少し寒い日は誰でも小便がひどく近くなる。それを一々看守にたのみ、監房をあけて貰って、小便に行かなければならないのだ。
十分ばかり沈黙の後、今度は別な声で、
「旦那。一つ便所ねがいます」
とやや威勢よくいった。
「…………」
それ
前へ
次へ
全46ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング