置人がアンペラ草履で便所の往復に歩き、看守は泥靴であるく床である。そこへかけた雑巾を洗うのが、顔を洗う洗面器である。留置場でヒゼンが流行《はや》る話をきき、またこの不潔なやり方を見て、何よりわたしは淋毒が目にでも入っては大変だと恐怖を感じた。
ともかく顔を洗い、監房に戻って坐ると、寒さが身にこたえはじめた。七時すぎになると、小使が飯と味噌汁を運んで来た。塗りが剥《は》げ得るだけ剥げきった弁当箱に、飯とタクアンが四切れ入っている。味噌汁は椀についでよこすが、これがまた欠け椀で、箸はつかい古しの色のかわった割箸をかき集めたものである。こういう食いものを、監房の戸の下に切ってある高さ四寸に長さ七八寸の穴から入れてよこす。
駒込署の弁当は、三度とも警官合宿所の賄から運ぶものであるが、請負制らしく、一食八銭の規定が実質的に守られてはいなかった。八十日の間味噌汁はいつも、昨日の昼或は夜のあらゆる残物をぶち込んで煮なおしたものであった。それだから一椀の汁の中から、葱のこわい端が出る。豆腐が煮くたれてこなごなになったものが出る。キャベジの根を切ったものが出て来る。穢い食物である。
昼飯十一時すぎ
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