目のギロリと大きい男が、そういって小腰をかがめ、看守の返事を待たずさっさと布団を出している。卑屈な要領のよさというようなものが、その男の挙止を貫いている。わたしは、監房の戸にくっついて立ち、そこに張ってある目の細かい金網をとおして、二尺とはなれぬ廊下での光景を見ているのだ。九時になり、十時になり、十一時頃になるまで、ガラガラと留置場の入口があく毎に、わたしは臭い布団の上におきなおり、誰が入って来るかと廊下の方をみた。宮本が、もし今夜家へ帰るとすれば、九時頃帰るといった。留置場の戸が開くと、万一と、思わず頭がはね上るのであった。
 ぐっすりと一息に眠った。午前五時頃に目が醒めた時は、もう隣の房、その隣の房でも起き仕度をしている。まだ夜はあけきらず、暗い。巡ぐり戸棚に布団をしまい、洗顔にとりかかる。
 監房の外の一間幅に四間の板廊下の右端にトタン張の流しがあり、そこに水道の蛇口が一つ出ている。半分にきった短い手拭はその横の板壁に並べてかけてある。石鹸はつかわせない。歯ブラシもつかわせない。水で顔をぶるんとするのであるが、二つあるトタンの洗面器は床にかける雑巾を濯ぐのと共同である。その床は留
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