で、垢光りのするゴザが三枚しいてある。鈍い電燈の光を前髪にうけ、悄然として若い女給らしい女のひとが袖をかき合わせてその中に坐っていた。ここへわたしも入れられ、向い合って坐った。三方の壁は板張りである。天井を見上げると薄青いペンキ塗だが、何百人もの人間が汗と膏《あぶら》とをこすりつけた頭の当る部分、背中でよりかかる高さのところだけ、ぐるっと穢《よご》れて、黒くなっている。女給らしいひとは、わたしの様子をそれとなく見ていたが、しばらくして、
「冷えますわねえ。……私おなかが痛くて」
と堅く冷たいゴザの上で体を折りまげた。
八時になると留置場の寝仕度がはじまった。留置場独特の臭気を一層つよく放つ敷布団一枚、かけ布団一枚。枕というものはない。廊下についている戸棚から各監房へ布団を運び入れるところをみていると、女の方はどうやら一組ずつあるが、男の方は一房について敷が四枚、かけ四枚。それに十人近い人数が寝るのだった。
「旦那。今夜もう一枚ずつ入れさせて下さい。お願いします。冷えると夜中に小便が出たくなってやり切れないんです」
切れた裾が襤褸《ぼろ》になって下っている絹物の縞袷を着た与太者らしい
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