わたしだけ内の廊下に入ると、正面に二つ並んでいる鉄格子のなかが、その中でぞっくり伸び上った沢山の男のいろいろな形の顔と囁きで充満した。脂くさい、不潔な臭気とむれ臭い匂いが夜の空気を重くしている。ここは上の高等室よりなおなお薄暗かった。頑丈な鉄格子のすき間から体は動かせないまま何ともいえない熱心な好奇心をあらわしてこちらを見ているどっさりの眼と、そうやって人間を詰めた檻の外に、剣を吊って制帽をかぶった警官が戸に掛金をかけて入っている光景は、野蛮な、常態を逸した第一印象をわたしに与えた。看守は板壁に下っている下足札のようなものをとって私の風呂敷包みをしばり、
「二号というのが君の番号だから」
といった。身体検査をし、靴をぬいでアンペラ草履とはきかえた。便所に行くために左端れの監房の前を通ったら、重りあってこっちを見ている顔の間に一つ見馴れた顔を認め、わたしの目は大きくひろがった。文化連盟出版所の忠実な同志今野大力が来ている。角を曲りながら小声で、
「きょう?」
と訊いたら、今野は暗い檻の中からつよく合点をし、舌を出して笑いながら、首をすくめて見せた。
女のいれられている第一房は三畳の板敷
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