おいでね。心配しないでいいんだから――」
その時外はすっかり夜で、細かい雨が降り出していた。寒さの用心にスウェーターを包んだ風呂敷包みをかかえ、傘をさし、もう一人のスパイと人通りのない雨の横通りを歩いて駒込署へ行った。
二階の狭い高等室に誰もいず、カサのないむき出しの電燈が、机の上のさまざまな印形の詰った箱だの「自警」という雑誌の表紙だのを照らしている。あたりは埃っぽく、きたなく見えた。椅子にかけて見廻していると、
「――どうした」
瘠せぎすで神経質な顔に一種の笑いを浮べて中川が入って来た。警視庁の芸術運動係りとして、プロレタリア文化活動をする者にとって忘れる事の出来ない暴圧係りの中川成夫という警部だ。口先を曲げ、睨《にら》むようにしながら、
「君ひとり様子を見に帰ったというところか」
といった。
「あなたがたの方からいうと、そういうことになるんですか」
「そうさ」
日本プロレタリア文化連盟に関し、今度は君の態度を明らかにしてもらおう。文化団体の資金関係。上《うえ》との関係。
「それに、こういうものもある」
書類入鞄から中川は「大衆の友」の附録、選挙特輯号を出して見せた。
「
前へ
次へ
全46ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング