来て、山口とこそこそ話し、しかも抜け目なく襖一重のこっちの気勢を監視しているのがわかる。連れてゆかれるものと思い、わたしは生卵を二つのんだ。やがて、電話か何かかけに山口が出て行った。わたしは家の者に耳うちして二階へ上らせた。そして若しかすると何かの合図になるかと思い、窓や、電気スタンドの工合を平常と違うようにさせた。山口がすぐ戻って来ると、入れ違いにもう一人のスパイが足音を盗んで二階の階段をのぼって行った。窓も、スタンドも元のとおりにして来たと見え、間もなくまた足音を忍ばして二階から下りて来た。それがすむと山口が、
「じゃ、これから任意出頭という形で、駒込署まで来ていただきます。多分今夜かえれると思いますが……」
わたしは、ゆっくり服を温い方のに着かえ、外套をも裾の長い方のにとりかえた。家のものと留守をどうするということを話していると、
「あまり話されちゃ困ります」
と云った。
「家のものだもの、話があるのは当りまえですよ」
「――家のものだからいけないんだ」
ハンケチを二枚持ったら、
「それより、手拭の方が便利でしょう」
と山口が注意した。
「――じゃ行って来るからね、気をつけて
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