来てくれました」
と云った。
「どうなの?」
「もう大抵いいんだけど、ひどい熱が出ちまった。こないだ雨の中をビシャビシャに濡れて歩いたもんだから……」
「窪川さんは? 出られるの?」
「出られるんじゃないかしら。きっと虱《しらみ》だらけになって来ると思って、ちゃんと着物を用意しているんだけれど……こないだ行って親子丼をたべさせて来た」
姙娠のためにやつれ、また風邪でやつれながら、窪川いね子は持ち前の落着きと微かなユーモアを失わず、おいしいお茶を入れてくれた。
「戸台さんがゆうべから帰らないのよ。どうしちゃったのかしら……」
同志戸台は日本プロレタリア文化連盟で働いている。大体「コップ」に対する官憲の妨害は書記長や同志窪川が捕えられた時に始ったのではなかった。ほとんど今年の始めから、絶えず書記局は襲われ、一人や二人、短期の犠牲者は順ぐりであった。それと闘ってやっと来ていたのだが、昨夜からまた戸台の帰らない事実は皆をやや不安にした。二十八日にブルジョア新聞が発表した「コップ」への暴圧が、逆宣伝的に報道された範囲には止まっていず、沈黙のうちに、陰険に各参加団体内部へと拡大されて行っている
前へ
次へ
全46ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング