講演会があり、そこへ自分も来ていたのだ。
 下諏訪までゆく三等の汽車の窓から、雪ふりの山々が近く見える。一面白く雪が積り、黒く樹木の見える信州の山は、自分にハバロフスク辺の鉄道沿線の風景を思い出させた。
 モスクワから帰って来る時、丁度こんな風にたえ間なく雪が降り、黒い木が猪の背中の毛のように見える沿海州の山の間を通過するシベリア鉄道の車室で、わたしはタイプライタアを打っていた。宮本とまたハバロフスクの雪のふる山の間をシベリア鉄道で何日も乗って行って見たい心持がしきりにした。
 下諏訪には製糸女工さんを中心とする文学サークルがある。三月初旬に、作家同盟から江口渙その他三四人の講演団が行って、非常に愉快な講演会をもった。文学サークルの製糸女工さんが動員され、文学新聞に出ていた「セリプレン」という短篇小説を上手に実感をもって読んで喝采を博したという興味のある事実もあった。その時、わたしは皆と一緒に行けなかったので、塩尻まで来たついでに、サークルの人々に会って帰ろうと思ったのであった。
 ステーションにサークルの世話役の人が出迎えてくれ、牛肉屋をやっている○○君の店へ行ったら、そこは下諏訪警
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