ゲンチアに一つのかみ切ることのできない観念的餌食を与えることとなって、作品の刺戟と魅力の一部を構成しているのである。
まず以上のように、からまっているさまざまの蜘蛛の糸を払って、むき出しに「紋章」を眺め、横光によってたどられた自由建設の道行きを調べると、私どもは、いわゆる高邁な文学的業績を熱愛する作者が、実は案外、単純で、楽な道具だてだけをこの作品のために拾ってきている事実を見出すのである。
総体がリアリズムによって書かれているのではないことを一応認容した上で、これはいえることなのであるが、久内が自由の精神によってもって立つ人間と自覚し得るに到るために、作者は久内に多岐多様な内的苦悩を経験させているとは決していえないのである。
雁金という人物は、非行動的で、自意識の過剰になやむインテリゲンチア山下久内に対照するものとして、単純な、変りものの発明狂、行動者として扱われているばかりでなく、作者は、はじめから、久内が「同情し得る」程度の条件しか持たぬ人物としてこしらえている。雁金のお人好し、単純性は、変りものの発明家などにはそういう気質のものがあるという意味で「紋章」にすくい上げられて
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