るために、あれだけの長篇を、ぐっと引っぱってきている。
 作者のこの気象から出る作家的な気張りは、その文章の構えかたにもあらわれ、一般読者は作中の人物、事件は何となくガラスのようで、研究材料のようだとは感じつつ、ある程度まで作者の確信や度胸で遅疑なくキューと描かれている輪廓のつよさ、鮮明さに、錯倒的現実感をひき起されるであろう。(私どもは、嘘をあんまり、はっきり、自信をもっていわれるとかえって自分が怪しくなるのを知っている。)
 青野季吉が、この「紋章」にすっかり「圧迫され」批判どころか横光の「自由の精華」の前で掌をすり合わしている姿は、一つの歴史的な見ものである。一般の読者にとって「紋章」の魅力あるゆえんは、作品が今日のインテリゲンチアとして共通な、社会的要因の下に立っていることと、たとえ独断であろうと作者の知的主張が水際だって強いことにあるとともに、読者の胸に現実の問題としてのこされる漠然たる疑問――ここにいわれているような自由[#「自由」に傍点]は常にどこにおいてでもなり立つものであろうかという、煙のように日常の生活から湧く疑い、それはとつおいつものを考える癖に陥っているインテリ
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