久内の父である山下博士の雁金に対する学閥を利用しての資本主義的悪策など、それらがわたしたちの現実の見かたから批判すれば、リアリティーをもって描かれていないと批評したところで、作者横光は当然のこと「紋章」の崇拝者青野季吉を先頭とする多くの読者たちは、ぴくりともしないであろう。
また、これとは反対に、プロレタリア作家が属す階級とその文学の性質について知りながらも、やはり「紋章」に心ひかれ、その理由を、「紋章」では作者が生産をとりあげようとしているとか、近代的な科学性を示しているとか、あるいは進んで作者はそれを意企していないであろうが、資本主義社会機構を計らずもあばいているではないかなど、合理化をしている姿をみれば、先ず作者である横光利一が、ふん、と豪腹そうに髪をはらって、自意識[#「自意識」に傍点]ないプロレタリア作家を見下し、うそぶくであろう。「あれは、実験室的なものだよ」と。――
何かで、この作者が「考えごとをしているときは働いている時だと思う」と言っている言葉を読んだことがある。多くのインテリゲンチアが、自分たちはこれでいいのだと自身にいいきかせつつ、自身の思考力を疑ったり、その
前へ
次へ
全35ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング