だ民族である。私は彼等のうちに在る「燃えざる火」を忘れることはできない。いつかどこかで、熾《さか》んに火花を散らして照り輝くべき焔を待つ「心」を棄てられない。また実際、世界中に離散して、殆ど地球のコスモポリタンになっている彼等のうちからは特に素晴らしい霊が発光する。人類が跪拝《きはい》する天才の記録のうちに、彼等の血統は決してニューヨークの女達が顰《しか》める眉の侮蔑を受けてはいない。私は自分に待っている通りに、人にも待っている。彼等にも待っているのである。
それだから下に来たのがユダヤ人だと分ると、私は一層好意に満ちた牽引を覚えた。まして一番上の十二三の男の子が、声は美しくないが、かなり綺麗《きれい》に笛を吹いたり、毎朝ヴァイオリンの稽古をしていることなどは、知らず知らずに私の空想を一層光明と美とに、満されたものにする。
仕事の疲れた合間合間に、霞むような瞳を繁った楡の梢越しの新鮮な水面に休めながら、私はともすると、ユダヤ人の息子のことを考える。風の薫《かんば》しい夕方、紫色に見える穏やかな湖に軽々と恰好のよい舳《みよし》を浮かせて、いかにも典雅に水を滑る軽舸《カヌー》の律動につ
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