の家具がすっかり位置を換えて、まるで別なところのように見える窓際で、あの若い母親が例の小唄まじりで編物をしている。その足もとに足を組んで何か見ている小娘の姿まで、瞬間の眼に写ったすべての光景は、まるで想像もできないほど変化している。たぶん私が上で、故国から来た新聞でも読んでいる間に、下では住む人間の「なかみ」がすっかり入れ換りになってしまったのであろう。
私は思わず「まあ」と云って階子《はしご》を馳け下りた。意外である。全く思いがけない。どうしてそんなに速く引越しができたのだろう。
荷物を運ぶ様子もなく、人の出入りする気勢《けはい》もなくて住む人間は換っている――。ほんとに意外である。意外であると同時にまた恐ろしく滑稽である。ちょうど何か小さい羽虫が、どこかの畑に転っている西瓜の巣を、目瞬きする間に引き払って、隣りの南瓜《かぼちゃ》に引越したような単純な可愛さがある。世の中に、こんなにも素早い引越しをする者がまたとあるだろうか。
いつもブタブタなオバーオールを着て、腕を捲《まく》り上げたお婆さんの命令のままに、パイプを銜《くわ》えてのそのそと動いていたお爺さんを想うとき、この想像
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