、ぼんやりと食べかけの卵に小さい羽虫が飛びつくのを眺めていた。
彼が行った頃三階にはもう誰もいなかったそうだ。しかし入口の扉は確に閉めて置いたのに明け放してある。人の気勢を感じて、大急ぎで二階へ戻ってしまったのだろう――。
彼も明かに不愉快を感じているらしい。暫く、困るな、困るなと呟いていたが、やがて地下室へ降りて、三四寸幅の板切れを一つ見付け出して来た。
「何になさる?」
私はつい彼に気の毒なような声を出してしまった。まだすっかり心の動揺が落付いてしまわなかったのである。
「これ? これで三階へ上れないようにするんです」
「上れないように? どうやってなさるの」
「大丈夫巧く出来るから見ていらっしゃい、あなたが気に入らなければ除《どけ》るから好いでしょう」
「だって、変じゃあないの、それじゃあ私はどうして上るの!」
彼も黙ってしまった。私も黙ってしまった。黙ったまま彼が長さを計って鋸を当てる木片を見ていた。見ているうちに、私の心の底には、殆ど堪らないほど醜いという感じが湧き上って来た。醜い! ほんとに厭なことだ。一構えの家の中でありながら二階と三階との間にこんな仕切りを拵える
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